2006年3月アーカイブ

思い入れはさまざまに

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今日は末娘の卒園式でした。終って家に帰ってアルバムをみていますと「お弁当のおかずで一番好きなものは?」の問いにわが娘は「おにぎり」だそうです。
ヨメは憮然としておりましたが…。
まあまあ、見ていますと「おにぎり」とか「ごはん」なんて回答も多く、美味しいものはおいしいということでしょう。中には「グラタン」なんてのもありまして、ヨメ曰く「これってぜ?ったい冷凍のやつよ。」…まあいいじゃないですか、それぞれ心がこもっていれば。
わが娘、将来は「ラブアンドベリー」になりたいそうです。どうやったらなれるんやろ?僕はガッチャマンになりたいです。

(3月16日:術後7日目)
今日は外来診療ででお腹の傷口をとめている針を抜きます。抜鈎(ばっこう)というらしいです。手術の最終工程といったところです。
お腹の4箇所の傷口にある4+3+2+1合計10本抜きます。お腹を出してベッドに横になると、院長がペンチみたいな器具を持ち出して、プチプチ抜いていきます。1本目は、成る程ちくっとしますが、進むごとに「いでっ」っという感じです。「ちょっと待ってください。」というより早く、院長は躊躇なく次々抜いていきます。苦悶の表情の僕を見ながら、看護師さんは「結構痛いですよね。」
会計を終えた時刻は正午でした。病棟では食事が配られている頃です。

家に帰って、1週間ぶりにお風呂に入りました。湯船にお湯をたっぷりはってゆったりしました。湯垢凄かったです。

というわけで胆石レポートはこれにて終了です。これから胆嚢摘出手術を受けられる方の参考にでもなれば、と思い報告しました。しかし、これはあくまでも“僕の場合”ですから。状態によっては、内視鏡手術から開腹手術に切り替えるケースもありますし、やはり手術ですから、それなりのリスクもあります。経験の豊富な、技術の確かな医師に執刀してもらうのも一つのリスク回避です。評判とか色々調べてから診察を受けるのがよいということは言うまでもありません。

(追記)手術の後遺症なんでしょうか?妙に下っ腹が飛び出しています。

(3月14日:術後5日目)
今日は朝一番で採血です。この結果で僕の去就は定まります。慣れというのは怖いもんで、注射針刺されるくらいはなんてことないです。

(朝食)米飯、味噌汁(油揚げ、蕪)、味付け海苔、和え物、そして納豆
「納豆はダメです」言うてたのに…食べんかったらええのね

回診が始まる前に看護師さんが、カルテを各ベッドに配置するのですが「あれ?eddieさん(仮名男性40歳)カルテがないんだけどもう退院だっけ?」「さあ、今日の採血の結果で決めるって言ってましたよ。」

回診が始まります。ひろくんは来週から始まるサッカーの合宿に参加出来るかどうかが心配のようです。いわさんは今日退院することもあって、来る人来る人「ありがとうございます」連発です。しまさんの胃潰瘍はとりあえず最悪の事態を乗り切って退院はできるけれども、これから節制と薬による長い戦いが続くようです。

さて、僕は…「eddieさん(仮名)は…ああ、もう肝機能も正常ですからいつでも退院していいですよ。」「えっ?今日でもいいんですか?」「はい、でも明後日抜鈎(“ばっこう”と読みます。縫合の抜糸ではなくホッチキスで傷口をとめていますのでこう呼びます)なので、明後日までいてもいいですよ。」「いいえ、すぐ退院させて下さい。」

(昼食)カレーライス、福神漬、ブロッコリーのサラダ

ナースセンターに執刀医の先生がいたので声をかけると「ああeddieさん、実は切ったとき胆管の方にも石があったんで採っといたんですが、少しは残っているかもしれません。」「…はあ。」「術後の血液検査で、肝機能とアミラーゼの値が上昇してまして、おそらく胆管に流れ込んだ石の影響かもしれませんね。」「…それってもしかして経過良好じゃなかったんでは?」「いや〜あくまでも可能性の問題ですから。まあ、また痛くなったら来て下さいよ。」

奥さんと帰り支度しているいわさんに「僕も今日退院出来ます。」と声をかけると「よかったね〜お大事にね〜いろいろありがとうね〜」破顔一笑というのでしょうか、本当に裏表のないいい人です。少々喧しいですが…

身支度を整えて、迎えに来たヨメが会計を済ませて、Kanchoしてくれた、TinTinの管を抜いてくれた、あっちが痛いこっちが痛いと我が儘を聞いてくれた看護師さんたちにお礼を言って病院を後にしました。

「退院後の生活」と書かれた書面がありまして、気になる部分を見てみると「アルコールは控えめに」とのことでした。この場合「控えて下さい」と「控えめに」はえらい違いです。

(3月10日:術後1日目)
目覚めると、執刀した医師がやって来まして「いかがですか?やはり胆嚢が炎症を起こしていて、少々時間がかかりました。」と取り出した胆石を見せてくれます。大きいのは直径7ミリ、小さいのは5ミリ程度の真っ黒な石が8個です。「どうぞ差し上げます。」「どうも」
尿道にカテーテルが挿入されています。何とも言えない気分です。尿意はあるのですが、出口は管を通って出ますので、実感がないまま垂れ流しているのが気持ち悪くてたまりません。

院長が朝の回診にやってきます。傷口を診察しながら「Very Good!後は回復が早くなるから、頑張って歩いてね。」だそうです。
「では、病室に移動しますので、支度をしましょうね。」看護師さん二人掛かりで身体を拭いてもらって、パジャマに着替えさせてもらいます。「カテーテル抜きますね。」「えっ?痛さで縮こまってますんで、もうちょっと立派にしてから」ではなくて「痛いんでしょ?」「大丈夫、一瞬ですから。はい!」「いで?」の“で”の字が出る前に抜かれてしまいました。
看護師さんに身体を起こしてもらって、まずは座ります。横になりっぱなしだったので、頭がくらくらします。「歩くけますか?」「はい」と背中のチューブに繋げられた薬剤カプセルを紐で首にぶら下げ、点滴薬剤の台をからから転がしながら、僕はみんなの待つ(別に待っちゃいない)病室に静かに歩を進めたのでした。病室に入ると、回診中の院長がいて「おお、歩いて帰って来たか」と出迎えてくれました。長女と会社の取引先の女の子からお見舞いメールが届いていました。

「おしっこ出なかったら言って下さいね。またカテーテル差しますから。」と可愛い顔してあっけらかんと看護師さんに言われたので、させてなるものかと、またからから点滴台を転がしてトイレに行きます。出た?、そのとき「ばふっ」とTinTinがくしゃみをしました。管を突っ込んだとき空気でも入っていたんでしょうか?兎に角、素面でTinTinに管を突っ込まれるという最悪の事態は回避出来たのでした。

呼ばれてレントゲン写真を撮ります。これはお腹の中に忘れ物がないか調べるのでしょうか?台の上に横になる時傷口が痛みます。おや、この感覚はどこかで…そうでした、一昨年肋骨を折ったとき、寝たり起きたりが苦しかったあの感じです。身体を丸めて、いっきにころっと寝転ぶコツはあのときマスターしてますので、容易く難行をやり遂げることが出来ました。

今日の午後からは、水やお茶であれば水分接種が許可されました。久々に飲んだ水は滅茶苦茶美味かったです。近頃水が美味しくないとお嘆きの貴兄、一度手術をされてみてはいかがでしょうか(違う!)

明日大腸検査のいわさんは、今日は食事抜きです。何だか寂しそうです。
消灯時間が(22:00)来て床に着きますが、ガスが出ません。家ではあれだけ遠慮なくぶーぶーやって娘の顰蹙を買っているのに…
明け方、ようやく可愛らしくぷっと我が腸は正常な活動再会を宣言したのでした。

(3月11日:術後2日目)
今日から食事が出ます。

(朝食)三分粥、味噌汁(具なし)、スクランブルエッグ、缶みかん

一気にかき込みます。いわさんは悲しそうです。

Dr.が回診に来まして、傷口の絆創膏をはがします。「うん、乾いてるな。」初めて自分の傷口を見ました。??ホッチキス?傷口は臍の下に約4cm、鳩尾に約2cm、脇腹に針穴程度のが2カ所の計4カ所あって、それぞれホッチキスみたいな針で止められています。
あと、…毛がない…臍の下にあった立派なギャランドゥがきれいに剃られています。手術前から僕の頭の中をよぎった“何か忘れてる”の正体はこれでした。そもそも手術前の剃毛というのは、新人のナースが恥ずかしそうにやるのが正しい姿であって…などと馬鹿なことを言ってはいけません。こちらの病院では麻酔をかけた後にやってしまうんですね。全部ではないんですが、僕の下半身はプールで競泳用のぴちぴちパンツを履いてもはみ出さない程度に無駄毛処理が施されていたのでした。
ともかく、経過良好ということで、僕の手術痕はホッチキスむき出しで放置されることになりました。傷口の痛みもじっとしている分にはほとんどなくなり、背中のチューブは無事に外されたのでした。今僕の身体を縛る物は点滴用の注射針のみとなりました。

(昼食)五分粥、味噌汁(豆腐)、鶏肉ハンバーグ、マカロニサラダ、オレンジゼリー
「もう普通の食事なんですか?」としまさんが羨ましそうに覗きに来ます。

午後にヨメが来ました。どうもこの人の性格なんでしょうが、来るなり「退院はいつ?」とか「子供がどうした」などと自分のことばかりマシンガンのようにしゃべりまくります。「そんなことより、俺の容態のこととかはどうでもええんか!」などとやりかえしてしまったもんだから、険悪になってしまいました。いけませんね、彼女にしても家事から子供の卒業のことなど一人でやりながら、忙しい合間を縫って病院に着替えとか持って来てくれてるんだから、神経もささくれ立ってくるのかもしれません。わかってあげねば…などと一応ここでヨイショしておこう。本当は感謝してるんですよ。これ読んでる?

長女が差し入れてくれたDVD「12人のパパ」を見る。12人も父ちゃんがおるんかい!と思ったら、12人の子供を持つ夫婦のお話でした。アメリカンホームコメディというやつなんでしょうが、いけません、笑うとお腹の傷口に響きます。

(夕食)八分粥、菜っ葉とはんぺんの煮物、カボチャの煮物、キャベツの塩揉み、ヨーグルト

(3月12日:術後3日目)
朝体重測定 入院時よりマイナス3kg

(朝食)全粥、味噌汁(油揚、もやし)、高野豆腐、ほうれん草の和え物

食事は全部食べられるので、点滴は完全に終了です。腕に固定された注射針を抜き取ってもらい、これで完全に自由な身体になりました。
今日は日曜日のため、回診はなしです。

(昼食)全粥、かきたま汁、揚げ出しカレイ、ブロッコリー、もやしと胡瓜の酢の物

傷口は動かせば痛い程度なのですが、左肩が異常に痛くなります。看護師さんに聞くと、手術中に無理な体勢で括り付けられた後遺症とのことです。

午後にヨメが来ます。どうしても甘い物が欲しくなったので、チョコレートをこっそり差し入れしてもらいました。美味かった?。近頃チョコレートが美味しくないとお嘆きの貴兄、一度入院されてみてはいかがでしょうか?

洗面所にシャワーが備え付けられていますので、久々に髪を洗いました。さっぱりと気持ちよかったです。

(夕食)全粥、チキンの梅肉炒め、白菜煮、大根と人参の煮物、バナナ(1本)

バナナ丸ごと1本なんて久々に食べました。美味かった?。近頃バナナが美味しくないとお嘆きの…もうええか。

しまさんは明日内視鏡検査だそうです。結果次第で何かを口に出来るかどうかが決定されるそうです。

(3月13日:術後4日目)
今日は朝からWBCのアメリカ戦を観戦です。

(朝食)米飯、味噌汁(玉葱)、かまぼこ、おひたし

今日から普通の食事ですwよ?く噛み締めて食べます。

院長の回診です。「どうですか?」「ええ、もうイナバウワー出来ますよ。」などとお決まりの冗談は…いいません。「もう退院出来ますか?」「明日の血液検査の結果を見て決めましょう。」とのことです。
ひろくんといわさんは明日に退院が決まったようです。「先生よ?まだお腹ごろごろするし、もうちょっと置いてくんね?かな?」「バカ言うんじゃない、検査結果も何ともないんだから。」「そうかな?」いわさんなんだかだだこねてます。ひろくんは今日おなかのホッチキスを外されたみたいで、最初怖がってたみたいですが、ちょっとちくっとするくらいだったそうです。

しまさんが「eddieさん(仮名)明日からゆっくり寝られますね」だって。

そのしまさん、内視鏡検査から戻って来ました。指で○サイン。今日から食事が出来るし、明後日退院出来るそうです。ええ?じゃ退院決まってないの僕だけ?

(昼食)焼きそば、コンソメスープ、かに玉、酢の物

こちらの病院はナースキャップを廃止しています。コスチューム(でいいのかな?)もほとんどがズボン姿です。機能的なんでしょうが、やっぱりナースは白衣に白いストッキングでないと、などとひとり中年的感慨に耽る病院の午後でした。(最近、衛生面と安全面を考慮してナースキャップを廃止する病院が多いそうです。毎日洗うもんではないし、あのぴしっとあてられた糊が細菌繁殖の温床となったり、うっかり機器に引っ掛けたりすることがあるそうです。)

会社に電話を入れて経過報告をしました。ただ暇だっただけなんですけど。上司は「おう!元気そうで良かった、宿題いっぱいあるからな!」…電話なんかするんじゃなかった

(夕食)米飯、チキン竜田揚げ、カリフラワー、豚肉と筍の炒め物、グレープフルーツ

22:00消灯なんですが、体力は回復して昼間はごろごろしているだけなので、どうも寝付けません。Van HalenのDVD見ながらうとうと…

(3月9日:手術当日)
寝不足のまま朝を迎えますと、看護師さんがやって来まして「浣腸しま?す。」とトイレへ移動。「最低5分は我慢して下さいね。」と言われましたが、3分でギブアップ。まだまだ出るもんです。
病室に戻ると、いわさんが何か言ってます。「看護婦さん、湿布薬もっとくれねえかな?痛くて眠れやしねえよ。」(いいや、あなたは十分眠っています。僕が保証します)

執刀医がやって来まして「昨夜はよく眠れましたか?」「…いえ、あんまり。」「まあ手術前日というのはそんなもんでしょうね。」(違?う!と声を大にして言いたい)

売店で手術後に使う腹帯を購入。点滴を開始します。「いよいよですね。」しまさんが声をかけてくれます。
昼過ぎにヨメがやってきました。手術開始は13時30分です。
術衣に着替えて、下半身はT字帯(要は紙製の越中褌)に履き替えます。手術30分前に呼ばれて、準備室に移動。(何か足りないような気がする
「鼻から胃にチューブを通します。」みんながいやがる行程です。「はい!ぐっと飲み込んで!」多少違和感がありますが、すんなり入っていきます。「あら?ここで何人も泣かせたけどお上手ですね。」「いや?下手な医者がやる胃カメラより細いしずっと楽ですよ。」「なるほど、それは言えてるかも。」
移動用のストレッチャーに乗り込んで、リラックスさせるための薬(看護師談)を肩に注射。痛いです。寝不足なのもあって本当にリラックスして眠りこんでしまいました。看護師さんに起こされまして「では移動します。」ストレッチャーに乗せられたまま手術室に移動します。嘉門達夫「あったら怖いシリーズ」の「しゅじゅつしつ、しゅじゅつしつ…と10回言えないと手術をしてくれないお医者さん」のフレーズがループバックします。(それにしても何だろう?大切な何かを忘れているような…

ここから記憶曖昧です。
術後麻酔から覚めた時のための痛み止め薬を注入するためのチューブを背中から差し込みます。何かちくっとしたような気が…「麻酔注入します。」覚めた時に変なうわ言を言わないように心の中で家族の名前を連呼「では眠くなりますよ。」の言葉を最後まで聞き終わらないうちに…

「eddieさ?ん(仮名40歳男性)わかりますか?起きて下さ?い。」「は?終ったの?」
ナースセンター隣の回復室に移動して、石が7個あったとか、胆嚢が癒着していて少し時間がかかったとか、両親と会社に連絡しろとかヨメと話したみたいなのですが、酔っぱらって目覚めた時のように記憶がとびとびです。またしばらく眠ったみたい…

「いだ?い!」再び目覚めました。激痛です。はっきりお腹を4カ所切ったということが分かります。僕の身体には、酸素マスク、点滴、背中の痛み止めチューブ、足には血栓防止のマッサージ器が取り付けられています。ナースコールで看護師さんを呼びます。「痛かったら遠慮なく言って下さいね。」「痛いです。」背中のチューブに付けられたボタンを押すと、痛み止めの薬が直接注入されます。背中がひんやりして、痛みが治まって来ます。またうとうとします。
あとは「痛いから薬」「背中が痛いから向き変えて」などとわがまま放題に繰り返しながら、手術当日の夜は更けていくのでした。心配した痰の方も、そおっと少しずつ吐き出すと上手く切れました。禁煙しなくても良かったかも?などと不謹慎なことを考えつつ、ともかく人生初の手術は無事完了したのでした。

やってきました、“胆石手術”。様々な不安と何か面白いことが起こるのかと期待もしつつ、運命の日がやってきました。
実際、手術を受けるにあたっては、僕も経験者が書かれたサイトやブログ、または医師の側から見た手術の実際などを見て勇気づけられたりしましたので、こうして記録しておくことも必要と思い、報告致します。
尚、本編に登場する人名、及び病院の設定などは架空のものであり「俺のこと?」「うちの病院のこと?」などと関係者が感じたとしても、それは気のせいです。
僕が感じたことのみが真実です。

(3月8日:手術前日)
9時30分に病院に到着し、入院の受付をします。保証金を支払って受付で待っていると名前を呼ばれて病室に案内されました。
1階の部屋の窓際のベッドでした。過去自分も入院し、両親の入院にも立合ってきたヨメに言わせると「実に運がいい」そうです。どんな部屋のどんなベッドに当たるかで回復も違うらしいです。
8人部屋なのですが、同室の方は
いわさん:60代の男性。よくいますよね、何をやっても音のでかい人。
ひろくん:中学生。盲腸の手術を終えた直後。
しまさん:50代の紳士。胃潰瘍で入院。2月の後半から入院以来、点滴だけで何も口に入れていないそうです。
途中、緊急入院の患者さんも入ってきたりしましたが、概ねこのお三方と僕との4人でお話は進行していきます。

看護師さんから大まかなスケジュール、病院についての説明を受けます。「何か分からないことがあれば“看護婦”に聞いて下さい。」自分で言っちゃってますよ。でも、ナイチンゲールの時代から(多分)看護婦と長年呼ばれ続けてきたので、一般にはまだ“看護師”という呼び方は浸透していないだろうと、敢えて使ってくれているのでしょう。

今日は手術前日なので、12時から絶食だそうです。昼食は出るもんだと思っていた僕は、あせあせと売店に飛び込んでサンドウィッチを買ってむさぼりついたのでした。どうも往生際が悪いです。
手術に備えて、下剤を服用します。もともとお腹の弱い僕がこんな物を飲んだら効果は速攻です。
何度かトイレを往復しながら落ち着いた頃「お風呂どうぞ。」と声をかけられて、入浴です。結構広めのお風呂を独占です。お湯はぬるめですが、これからしばらくお風呂も入れないので、のんびりつかりました。
お風呂から出ると点滴開始です。今日は500ccを3本だそうです。

15時頃手術室担当の看護師さんから説明を受けます。「タバコはいつからやめてますか?」「…今日からですけど」「…入院前に説明聞きませんでした?」「…聞いてましたけど…1日だけでも効果あるんですよね。」「…仕方ないですね。今日はもう絶対だめですからね!」全身麻酔下での手術の後は、喫煙者は気管から痰が多く出て、呼吸困難になったり、肺炎を併発するリスクが高いため、手術前1週間は禁煙を勧められていたのでした。

夕方、またヨメに来てもらって、一緒に執刀医から手術についての説明を受けます。腹腔鏡を使っての手術となるという基本的な手術の概要。胆嚢の癒着がひどい場合は、開腹手術になる可能性がある、胆嚢癌が発見された場合など手術のリスクなども説明の責任があるそうです。でも、モニタ見ながらお腹に開けた穴に突っ込んだ鉗子で胆嚢だけを切除するなんて、神業ですよね。開腹もやむを得ないかななどと考えてしまいました。せめてもの救いは、先生が「初めてなんですが、頑張ります。」と言わなかったことか(違う)ここでも「もう今日はタバコだめですからね!」…面目ない。

こちらの病院では18:00が夕食です。手術直後のひろくん、絶飲絶食治療中のしまさん、手術前の僕は食事抜き。いわさんだけが食事です。「めしだめしだ?俺、胃だけは丈夫なんだよね?。」(じゃ?なんで入院してんだよ)「ずず?、ぴちゃぴちゃ」…無言の病室にいわさんが食事する音だけが響きます。「あ?美味かった、ここの飯は美味いんだよな?」(声がでかい!黙って食え!)一瞬殺意さえ覚えました(嘘です)が、いわさんも悪気があるわけじゃなし、ましてやくろさんなんか2週間も何も食ってない訳だし、1食抜いたくらいの僕が腹を立てていたら怒られてしまいます。

21時以降は水分もだめです。いよいよか?と処方された眠剤を飲んで早めに寝るとしましょう。

ぐぉ?っ!地響きがしたような気がして、はっと目覚めると…いわさんの鼾です。まったく寝ていても喧しい方です。後はうとうとしかかるとまた起こされ、の繰り返しで僕は手術の朝を迎えたのでした。

ちょっと大き目のiPodなの

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家族の顰蹙を買いながら、病院にはiBook G4を持ち込みます。
入院の説明の際受付のおねいさんは「パソコンで何をされるんですか?インターネットはできませんよ。」
「まあ、退屈でしょ。ほら、DVD見たり後は音楽聴いたり…そうそう、ちょっと大き目のiPodだと思って頂ければ…」
「…ちょっと、iPodとは違うでしょう。」
「いいの、これはiPodなの!」

やっぱり、不安なんかな?

行ってきます

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胆嚢摘出手術のため、本日より病院に収容されます。
なくてもいい臓器とはいえ、身体の一部を切り取る訳ですから五体満足に生んでくれた母親には仁義を切っておくのが人の道というものでしょう。
「あんたの手術なんか、父ちゃん母ちゃんがやってきた手術に比べたらな?んも大したことないけんね。見舞いも行かんけんね。」
取り敢えず電話は切りましたが、はて?確かに父親は2度程大手術をしていますが、母ちゃんなんかやったっけ?
…思い出しました。そうでした!我が母は大難産で帝王切開の末、僕をこの世に送り出してくれたのでした。参りました。ごめんなさい。…行ってきます。

書き置き(3月2日)

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サポーターブログの問題に…自分のことです

僕がブログを初めた理由は「面白かったから」に尽きます。“面白い話”というのは大概我が身に置き換えて「そういうことってあるよな?」と思わせる要素で構成されます。古くは嘉門達夫の唄、初期の相原コージの漫画、最近では“あるある探検隊”などまさしくこれです。
サポートの仕事を始めて、冷や汗かきかき仕事しながらやっと慣れてきた頃、お客様のさまざまな言動と反応に新鮮な感動を覚えて、「これは誰かに知らせてみたら面白いかも」とずっと考えながら手帳に書き留めてました(結構メモ魔なんです)。
そういう時期に、某IT関係の出版社にお勤めのお客様に出会ったんです。「色々面白いお客さんいるでしょ。ブログでも書いてみたら?」丁度その頃某カメラメーカーの苦情処理係の人が書いた本が売れていまして、「あんな感じで書けば結構面白いかもよ。」という助言を受けて、丁度同僚のブログが始まったのにも刺激されて始めてみた訳です。

書き始めて、自分の予想以上に反応が多いのに驚きました。内容は同業者からの「あるよね?」から「それは違う!」などのアドバイス、業種とは関係なく「面白い」と言って下さる方まで多種多様でした。「僕もやってみたいんですけど、どうしたらいいですか?」などの相談も受けました。
“表現の自由”について今ここで云々論じるつもりはありません。“自由”というのは“他人の自由を侵さない範囲で何をやってもいい”ということです。
僕のブログで不愉快な思いをされた方がいるとしたら、それは申し訳ありません。読まないで下さい。

自己弁護ばかりの文章になってしまいましたが、いざ自分に“天の声”が降って来たら…その時は「この文章のどこがどう悪いんですか?」なんて議論はないんでしょうね…

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